高脂血症(高コレステロール血症)
hyperlipemia
高コレステロール血症(220mg/dl以上)の頻度の推移(厚生省循環器疾患基礎調査、1990年)
男女総数 | 男女総数 | 男性 | 男性 | 女性 | 女性 | |
1980年 | 1990年 | 1980年 | 1990年 | 1980年 | 1990年 | |
年齢 | ||||||
30〜39歳 | 10.6 | 16.9 | 13.8 | 22.8 | 8.2 | 13.1 |
40〜49歳 | 14.8 | 27.9 | 17.8 | 31.1 | 12.3 | 24.1 |
50〜59歳 | 23.9 | 38.9 | 16.3 | 29.3 | 29.9 | 46.2 |
60〜69歳 | 23.5 | 41.1 | 14.5 | 26.2 | 30.3 | 52.6 |
70歳以上 | 18.3 | 33.6 | 9.6 | 22.2 | 25.6 | 42.0 |
総数 | 17.4 | 31.4 | 15.1 | 26.8 | 19.2 | 34.7 |
いきなり、表を掲示して恐縮である。日本経済がバブルの頂点を迎えたときから、日本人のコレステロールの値は欧州・米国の人々のそれを凌駕した。現在日本人は世界一高いコレステロール値を示す国民である。表に示すように、特に中年期以後の女性のコレステロール値の年次別上昇度は著しい。一方、欧州・米国国民のコレステロール値は1990年以後減少傾向にあり、国家的啓蒙運動の効果が出てきている。各国の購買力と比較し、我が国のタマゴの価格は大変廉価であり、これが食生活に影響を及ぼしてコレステロールの値が高くなっているものと推定している。魚卵、モツ、レバー、タマゴ製品(マヨネーズ)の多用は大人では特に控えたいと考える。
臨床的特徴
高脂血症は必ずしも症状を伴わないことが特徴でもある。しかし、原発性の重症の高脂血症では比較的若年から高脂血症が存在するため、早期から症状や所見が出現するものもある。また、初期には症状は呈さず、加齢とともに、脂質代謝異常を原因とした臓器障害が次第に現れるものもある。これらは、脂質異常の程度に依存している。
一方、続発性の高脂血症では、原因疾患の症状が前面に現れるので、診断にも有用である。しかし、この場合も長期に重症の脂質異常が続けば、高脂血症特有の症状や所見が見られることがある。後述する所見を認めれば、空腹時血清脂質の測定は必須である。とはいえ、高脂血症というだけでは症状はないことが多いことを念頭において、定期的チェックの必要性を重視すべきである。
1)動脈硬化に伴う所見
大動脈から末梢動脈までさまざまであるが、アテローム硬化を起こした部位により、それぞれ特有の症状が出現する。 |
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大動脈では大動脈瘤、冠動脈では狭心症、心筋梗塞(左図参照)として表現され、末梢動脈では間欠性跛行や壊疽などである。脳卒中はやや趣が異なり、高脂血症による動脈硬化性病変に伴う脳梗塞は、頚動脈の粥状動脈硬化病変や心原性の脳梗塞が最近注目されている。したがって、頚動脈の評価が重要になろう。 日本人における血清総コレステロール値と冠動脈疾患相対危険との関連 *垂井清一郎:動脈硬化18:1-16,1990,および厚生省特定疾患原発性高脂血症調査研究班:昭和61年度研究報告書。 **福田安平ら:国鉄中央管理近報9:127-140,1985. ***小西正光ら:動脈硬化15:1115-1123,1987. ****Kodama Kら:Jpn Circ J 54:414-421,1990. *****Kitamura Aら:Circulation 89:2533-2539,1994. ******日本循環器管理研究協議会:「1980年循環器疾患基礎調査」追跡調査報告書,35-81,1995. |
2)黄色腫
これは視診にて得ることができ、高脂血症の発見の契機となる。
3)アキレス腱肥厚
腱黄色腫の初期像であり、コレステロールの腱への沈着である。黄色腫として出現する前に腱幅が増し、簡単に触知することができる。家族性高コレステロール血症に頻度が高く、本疾患の早期診断のてがかりとなる。まれにアキレス腱黄色腫の発現に伴い、同部位に疼痛を伴うことがある。X線軟線撮影にて正確に肥厚度を測定し、その最大幅が9mm以上であれば、アキレス腱肥厚が存在すると判断する。
4)関節痛
まれではあるが、関節痛を訴えることがある。また、関節痛が高脂血症の推移とよく一致することもあるので、注意が必要である。関節痛に伴って、CRPや赤沈の亢進など炎症所見が伴うこともある。関節内の黄色腫の出現による炎症反応と考えられている。
5)角膜輪
組織の遊離またはエステルコレステロールの沈着によるものであり、角膜辺縁に沿ってみられる。角膜輪には3種類あり、通常見られるのは高コレステロール血症に伴うものと老人環がある。これらは本質的に同様の形態を示し、区別はできない。40歳未満で観察されたら、高コレステロール血症を疑って、検査を進めるべきであろう。一方、家族性LCAT欠損症や魚眼症のようにLCAT活性の低下していることによる角膜輪は、角膜辺縁から中央に向かって、全体に沈着を認める角膜輪である。一見して診断できるタイプの角膜輪である。
6)肝脾腫
特に高トリグリセリド血症の患者に多く見られ、主として中性脂肪の沈着によるものである。触診や腹部超音波検査により診断は可能である。
検査所見
高脂血症は必ずしも症状を伴うとは限らず、診断は血液検査によるところが大きい。
まず、スクリーニングとしては、可能な限り12時間以上の絶食後で早朝空腹時血清について総コレステロール、トリグリセリド、HDLコレステロール(善玉コレステロール)を測定する。これらに異常を認めれば、Friedewaldの式(コレステロール−HDLコレステロール−0.2×トリグリセリド)からLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を求める。これにより、ほぼ高脂血症のタイプが同定される。当院ではLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の直接測定が可能である。可能であれば電気泳動を行い、高脂血症のタイプの決定を行う。そのタイプに応じて、原因疾患としての糖尿病、肥満、甲状腺機能、肝機能、腎機能などのチェックを行う。
治療、管理と予防
日本動脈硬化学会のガイドラインを示す。
患者さんの背景因子によりカテゴリーを、A;全く危険因子の無い、B;危険因子を一つでも有する、C;冠動脈疾患の既往があるの3つに分けている。
ステップ1.リポ蛋白プロフィル:スクリーニングのための基準(空腹時採血)(mg/dl) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ステップ2.患者群別治療目標値 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
患者群は冠動脈疾患の有無、年齢、他の主要動脈硬化危険因子の数により6群に分けて、治療目標を定める。
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*冠動脈疾患:(1)心筋梗塞、(2)狭心症、(3)無症候性心筋虚血(虚血性心電図異常など)、(4)冠動脈造影で有意狭窄を認めるもの
**高コレステロール血症以外の主要な動脈硬化危険因子:(1)加齢(男性;45歳以上、女性;閉経後)、(2)冠動脈疾患の家族歴、(3)喫煙習慣、(4)高血圧(140and/or
90mmHg 以上)、(5)肥満(MBI 26.4以上)、(6)耐糖能異常(日本糖尿病学会基準、境界型、糖尿病型)、(7)高トリグリセリド血症、(8)低HDL-コレステロール血症
注1:生活指導、食事療法はA、B、Cすべてのカテゴリーにおいて治療の基本をなすものである。特にAでは、少なくとも数か月間は、生活指導、食事療法で経過を観察すべきである。Bでは他の危険因子の管理強化でAに改善される例があることに留意する。
注2:薬物療法の適用の関しては、個々の患者の背景、病態(家族性高コレステロール血症、III型高脂血症、家族性複合型高脂血症も含めて)ならびに習慣癖を考慮して慎重に判断する必要がある。
注3:末梢動脈硬化性疾患、症状を有する頚動脈疾患や脳梗塞など、冠動脈疾患以外の動脈硬化性疾患を有するものは、冠動脈疾患発症の危険性が高い群として他の危険因子がなくともカテゴリーBに含めて治療する。
治療
そこで治療であるが、まず食事療法、運動療法(散歩や水泳)などの生活指導を行うことはどのカテゴリーにおいても必須である。特にカテゴリーA,Bでは重要である。また、カテゴリーBでは危険因子の管理を強力に行うことによりカテゴリーAに移行させるよう努力すべきである。この生活療法は、通常3〜6か月間行い、目標値に達しない場合は薬物療法の適応となりうる。一方、カテゴリーCでは薬物療法に依存せざるを得ない場合が多いことは認識する必要がある。特に冠動脈疾患(狭心症・心筋梗塞など)既往者やこれが疑われる患者群では、運動療法は困難である場合があり、運動療法を行う前に冠動脈の硬化度の推定と無症候性心筋虚血の潜在を運動負荷試験で調査しておく必要がある。 |
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心臓病が重症ならば運動・生活療法による改善が必ずしも十分に行えるとは限らない。不適切な運動療法が死を招くこともあるので、胸部エックス線検査、心電図、運動負荷心電図、ホルター心電図、心臓超音波検査を事前に行っておくことをお勧めしている。 3か月以内に目標値に達しない場合には薬物療法を積極的に考慮すべきであろう。また、家族性高コレステロール血症のように薬物療法が必須の場合は、生活療法は教育という捉え方で、速やかに薬物療法に切り替えるべきである。 |